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「お店ラジオ」は、店舗経営にまつわるトークラジオ番組です。小売店や飲食店など各業界で活躍するゲストをお招きし、インタビュー形式でお届けしています。この記事は、InterFMで毎週日曜日にお送りしている「お店ラジオ」で放送された内容を未公開放送分も含めて再編集したものです。
今回のゲストは、飲食業界では知らない人がいないという、株式会社トレタの代表取締役、中村仁さんです。ある著名飲食店チェーンの社長が、「これは革命だよ」と言ったトレタのサービスとはどんなものなのか。また、中村さんが見据える飲食業界の未来などについてお聞きしました。
中村さんのお話を紹介する最終回は、中村さんが実現した新しい飲食店のことと、飲食業界の未来についてのお話をご紹介します。
この記事の目次
すでに動き出した新しい業態の店
21年9月にダイヤモンドダイニングさんとトレタが協働して、東京の大崎に、「焼鳥IPPON」という店をオープンしました。この店は、外食企業とIT企業が、ゼロから一緒に作った新しい業態の店です。
これまでは、外食企業が業態を作って、「こういう店をやりたいので、ここに合うシステムを納品してください」とIT企業に依頼するものでしたが、この店は、店の運営とシステムを従来とはまったく違うものにしようと、私たちIT企業も一緒に川上から参加して作りました。
このお店は、ダイヤモンドダイニングさんが昔からやっている焼き鳥屋を刷新したいという話から始まり、従来の業態にデジタルを入れる形ではなく、まったく新しい業態をやろうという話に展開して、実現しました。
特徴は個人注文、個人会計、ダイナミックプライシング
店の特徴は3つあります。個人注文、個人会計、ダイナミックプライシングです。従来のお店では、たとえば3人で店に行ったら、3人でメニューを見ながら、何を食べようかと相談して、みんなで合意できたものを注文します。自分は塩が食べたいけど、ほかの2人はタレがいいとなると、自分は遠慮することになりますし、出てきた料理はシェアするのが前提ですから、自分が食べたいものを好きなだけ食べることはできません。
一方、個人注文のこの店では、自分のスマホを使って、自分の食べたいものをそれぞれで注文します。従来のお店の料理はシェア前提の量ですが、この店では一人分になっています。つまり、自分の食べたいものを自分の好きなように注文できて、好きなだけ食べられる店になっているのです。
料理のカスタマイズもできます。たとえばレモンサワーだと濃さをノンアルから濃い目まで4段階くらいで選べて、フレーバーで味つけも変えられます。サラダでは具を選ぶことができます。注文はアプリではなくブラウザを使うので、アプリをダウンロードする手間はかかりません。スマホを持っていないお客さんには、店員が使っているコンソールを貸します。
個人注文で「遠慮の塊」がなくなる
グループで行くと、みんなの要望を聞くのが面倒なので、「とりあえず盛り合わせを」という注文をしがちです。実は、「盛り合わせ」というメニューは、食材のロスを減らしたり、利益率を上げるための内容になっていたりなど、店側に都合のいいメニューです。個人注文なら、そんなメニューを注文することが避けられて、自分の好きなものを、それぞれで注文できます。
個人注文で変わるのが、みんなでシェアしながら食べると、必ず最後に一つ残る「遠慮の塊」が出ないことです。遠慮の塊は、お客さんも店側もだれも得しないものです。それがなくなるのは間違いなく良いことでしょう。
割り勘という概念がなくなる、新しい会計の仕組み
会計も個人会計で、スマホを使って、クレジットカードやアップルペイで支払いができます。個人会計になると大きいのが、「割り勘」という概念がなくなることです。グループで行くと、よく食べる人と食べない人、良く飲む人と飲まない人がいて、それぞれ食べた料理や飲み物も違います。割り勘では、それらを全部まとめて、一律で割って払いますから、絶対に不公平になります。
個人注文、個人会計なら、そんな不公平がなくなりますし、割り勘での細かい計算も必要ありません。個人会計ですが、ほかのだれかの分を一緒に払うこともできます。
ダイナミックプライシングは飲食店の悲願
3つ目の特徴がダイナミックプライシングです。時間帯や曜日によって料理や飲み物の値段が変わるということです。現状では、ハッピーアワーのようなイメージで、ピークタイムは定価ですが、早い時間や遅い時間になると安くなります。最近では、ホテルや飛行機などでダイナミックプライシングが導入されています。この店でも抵抗感なく受け入れられています。
お得な時間があるなら、その時間に行こうと動いてくれる人が出てくれば、需要が平準化されますから、店側としてはロスが出づらくなり、シフトも組みやすくなります。利益が出しやすくなれば、お客さんへの還元もしやすくなります。
僕は、ダイナミックプライシングは飲食店の悲願だと思っています。食材の仕入れ値は季節や天候などの理由で変わりますから、飲食店は本来、ダイナミックプライシングがふさわしいからです。
飲食店でダイナミックプライシングをもっと普及させるために、この店でデータを集め、食材の仕入れ値やお客さんの状況などさまざまな変数を加味したアルゴリズムを作り、将来的には、もっときめ細かく値段を動かせるようにしたいと考えています。
飲食業界はコスト構造を変えるために機械化を進めよ
飲食業界はコロナで大変な思いをしました。宴会需要がなかなか戻りませんから、しばらくは売上7割が続くと思います。売上7割で生き残るには、コスト構造を変える必要があるでしょう。
飲食業界というのは、50年間ずっと同じ形で来られた業界です。僕は20年前にこの業界に入りました。当時ですら遅れていると感じましたが、20年経っても、現場の仕事のやり方はほとんど変わりませんでしたし、コスト構造も変わっていません。でも世の中はどんどん進んで、どんどん厳しくなっています。飲食業界はコスト構造をそろそろ変えないと本当に危ないと思います。
また、飲食業界はコロナ前から人手不足が深刻でした。コロナはそれに拍車をかけています。コロナ禍によって、飲食で働いていた人たちが、コールセンターや物流など他の産業に流出してしまい、彼らは意外と、そこの待遇に満足しているところがあって、戻らなくなっています。ですから飲食業界の人手不足はますます深刻になり、今後、人手不足解消のためにも、機械化がより求められるようになるでしょう。(中村さんが考える飲食業界の機会化の課題と考え方は#2に)
飲食業界は生きた化石
1970年頃に外食産業が産業化されてから、はや50年経ちました。しかし、70年頃に登場したファーストフードやファミレスの企業はいまだに業界のトップです。これほどトップのプレイヤーの顔ぶれが入れ替わっていない業界は他にありません。この50年、飲食業界はまったく変わらずに来てしまったのです。
飲食業界は、昔のやり方をずっと引きずったままの、生きた化石のようなものです。課題だらけで、イノベーションの可能性も無限にあります。トレタは、その課題がなくなるまで、やることがなくなるということはありません。これからもいろいろな課題をひとつひとつ解決していきたいと思います。
生き残るために、経営者は未来を考えよう
21年10月には、トレタが主催して、外食産業の未来を考えるカンファレンスを行いました。飲食店は、日々の経営が大変で、たいていのオーナーさんは足元しか見ていません。そんなオーナーさんに、ちょっと目線を遠くに飛ばしてもらい、テクノロジーを軸に据えながら、10年先の未来を考えてもらおうというカンファレンスでした。
コロナ禍という環境にいち早く適応して、いろいろな手を打てた会社はどういう会社かというと、もともと未来を考えていた会社でした。コロナというのは別に世界を変えたわけではありません。5年10年先に来ると思っていた未来が、コロナによって、半年で来てしまったというものでした。ですから、ほとんどの人たちが呆然としている中で、未来を考えていた人たちは、「こんな未来が来ると思っていた」と素早く対応できたのです。
未来を考えることは、日々の仕事とはあまり関係がありませんし、日々の仕事をしながら、未来を考えるのは簡単なことではありません。だから軽視されてきましたが、未来を考えることは、生き残っていく上では重要なことです。飲食店の現場では緊急度の高い仕事をする、でも経営者は重要度の高いことをすべきです。緊急ではないけれど重要なことの1つが、未来を考えることなのです。
お店とは「豊かさ」をもたらすもの
僕にとってのお店とは、「豊かさ」です。コロナが始まって、不要不急の用事は避けるように言われ、そこで僕たちが気づいたのは、人間の生活や人生の豊かさは、不要不急のものが作っているということだったのではないでしょうか。
不要不急のものがなくなればなくなるほど、僕らの生活や人生は、殺伐とした味気のないものになります。不要不急の最たるものがお店であり、人間が人間らしくあるためには、お店という存在が必要不可欠なのです。
また、日本ほど豊かな食文化を持っている国はないと思います。そんな食文化を作っているのも飲食店です。つまり、お店とは、私たちや世の中に豊かさをもたらす存在なのです。お店がそんな存在として発展できる社会を作るための一助になりたいと、僕は思っています。