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「お店ラジオ2」は、店舗経営にまつわるトークラジオ番組です。小売店や飲食店など各業界で活躍するゲストをお招きし、インタビュー形式でお届けしています。この記事は、InterFM・FM大阪で毎週日曜日にお送りしている「お店ラジオ2」で放送された内容を再編集したものです。
今回のゲストは、1992年に八百屋「アキダイ」を23歳で創業し、仕入れと販売にこだわる現場主義で店舗を増やし、現在は、ロピアグループの一員として活躍、“生鮮の目利き”としても注目される株式会社アキダイ 代表 秋葉弘道さんです。
八百屋「アキダイ」を創業した経緯、仕入れ・販売への徹底したこだわりと現場主義によって顧客の信頼を獲得し、店舗拡大のプロセス、そして“ファンがつく八百屋”としての販売哲学と仕入れの目利き力について、3回に分けてお送りします。
第1回は、「アキダイ」創業の背景や店名に込めた想い、開業当初の苦悩と転機などについてお送りします。
第2回は、多店舗展開の葛藤や商品の魅力を伝える大切さ、出店で重視する閃きなどについてお送りします。
この記事の目次
「アキダイ」という名前に込めた想い
「アキダイ」1号店をオープンしたのは、1992年、私が23歳のときです。小さな八百屋としてスタートし、今年で34年目になります。
店名は、私自身の名前に由来しています。「アキ」は秋葉の「アキ」、「ダイ」は高校時代の親友・大沢の「ダイ」です。友人と一緒にお店を始めようと計画し、「アキダイ」という名前を決めましたが、開店前に彼は計画から降りました。それでも「気持ちは一緒にいる」と思い、そのまま「アキダイ」の名前で店を出すことにしました。
小学生のころの私は、人前で話すのが苦手な子どもでした。そんな私が高校生になり、「自分を変えたい」と思っていたとき、近所の八百屋がお客さんと正面から会話している姿を見て、「これは自分の成長につながる」と感じ、八百屋でアルバイトを始めました。
今思えば、それが天職だったのだと思います。お店でお客さんの反応を見るのがうれしく、とてもやりがいを感じました。
特別感をあたえる販売術
売り方には、ちょっとしたコツがあります。たとえば、少し色味のよい桃を裏に取っておき、「実はちょっといいのがあるんです。お持ちしましょうか?」と声をかけると、お客様は“特別感”を覚えてくださいます。並んでいる商品もよく見えて、「買ってみようかな」と思ってもらえるのです。
無理に売り込むのではなく、「今日は買わなくても大丈夫です。でも、これは本当に美味しいので、覚えておいてくださいね」と伝えます。さらに、「食べたらきっと幸せになりますよ」と一言添えるだけで、お客様の気持ちは動くものです。
「料理屋の料理で感動することはあっても、食材で感動することはなかなかないですよ」とお話しすると、「じゃあ、買ってみようかしら」と言っていただけることもあります。
もちろん、適当な商品を勧めることはしません。本当に自分が「いい」と思ったものだけをご紹介します。だからこそ、お客様にも「この人が言うなら美味しいに違いない」と信じてもらえるのです。
うちには、 “ファン”になってくださっているお客様がたくさんいらっしゃいます。お店を支えてくださる存在です。だから、近くに大手スーパーができても、売上が大きく落ちることはありません。

人より成長したいなら、人よりも努力する
「アキダイ」をオープンしたのは、私が23歳のときです。それまでの約3年半、ある青果店で現場経験を積みました。仕入れにも関わり、店舗の運営も任せてもらう中で、実践を通じて多くを学びました。
「人より早く成長したいなら、人より努力しなければならない」。そう考えていた私は、仕事が終わった後も食堂には行かず、市場の仲卸の社長やベテランの売り子さんたちと話す時間を意識的に作り、現場でしか得られない知識や情報を吸収していました。
当時は、まさに“勉強の日々”でした。たとえば、かぼちゃの話を聞けば、すぐに生でかじって味を確かめました。生で食べることで、「甘くない」「水っぽい」といった素材の質がダイレクトに伝わります。生で美味しくないものは、煮ても焼いても美味しくなりません。味付けして美味しいかどうかは料理の話であり、素材の本質を知るには、生で味わうのが一番だと実感しました。だから私は毎日のように野菜や果物を生で食べ、自分の舌で確かめていたのです。
どんな仕事でもそうですが、「儲かるから」という理由だけでは長く続きません。私は、「自分の成長のために」「その先にある何かのために」頑張っていたからこそ、その経験が確実に身についたのだと思います。
天才と呼ばれた3年間の過信
お店で働いていた3年半の間、私は「十年に一人の天才だ」と言われることもあり、自分には特別な才能があると信じ込んでいました。
そのため、23歳で自分の店を始めたときも、「絶対に売れる」というイメージしか持っていませんでした。それまでの職場で実際に売上を伸ばした経験があったため、自信に満ちていたのです。けれども、それは大きな勘違いでした。私が成果を出せていたのは、「売れるお店」にいたからこそだったのです。
実際に開業してみると、現実はまるで違っていました。人通りの少ない場所に出店したこともあり、開店から1時間半経ってもお客様が一人も来ない日が続きました。
青果は生鮮品のため、売れ残ればすぐに傷んでしまい、価値が下がります。開業から1週間もしないうちに、私は「これは失敗だったかもしれない」と、本気で後悔し始めていました。
「一年後に辞める」と決めた日
開店には約1,000万円を投資しました。23歳の自分にとって、それを失うことは大きな打撃でした。なんとか改善しなければと考えていましたが、その意欲を邪魔したのは、「プライド」でした。
店舗の目の前にはバス停があり、私はバスが通るたびに店内で背を向けていました。お客様のいない様子を見られるのが恥ずかしかったのです。「あの店、もうダメだ」と思われるのではないかと、周囲の目を気にしていました。
本当に苦しく、「もう辞めたい」と思ったことは何度もありました。それでも、私はこの仕事が心から好きでした。だからこそ、「このまま終わりたくない」という気持ちが強く、「一年後に辞める」と自分に区切りをつけたのです。
ただし、それまでの一年間は死ぬ気でやる。全力で頑張って、それでもダメだったら、胸を張って辞めよう。そう覚悟を決め、自分が納得できるまでやり切ろうと決めました。
「一生頑張る」と思うと苦しくなる。でも、「あと一年だけ」と期間を区切ることで、私は踏ん張ることができたのです。
感謝の気持ちが転機に
お客様が少ない日でも、私は大きな声で「いらっしゃいませ!」と声を出し続けました。
それまでは、「やっと来てくれた」という気持ちで迎えていましたが、ある時から「来てくれて本当にありがとう」と、心から感謝の気持ちを込めるようにしたのです。
すると、大根をカゴに入れてくれたお客様の行動に対して、「自分を認めてくれている」と感じられるようになりました。それからは、一人ひとりとの出会いを大切にしようと心がけるようになったのです。
丁寧に接するうちに、「今度、友達を連れてくるね」と言ってくださる方も現れ、少しずつ口コミでお客様が増えていきました。
かつては、バス停前を通る人たちの目を避けていた私が、ある日、「大根10円!」と書いた紙を手に、バスを追いかけて走っていました。「一年で辞めると決めたのなら、もう恥ずかしがっている場合じゃない」。そう覚悟を決めた瞬間でした。
「ありがとう」が生んだ成長
最初に構えた35坪の店舗では、1日の売上は約8万円でした。青果業界では「1日で家賃相当を売り上げれば合格ライン」とされ、最低でも2日で家賃を回収できなければ厳しいといわれています。当時の店舗の家賃は月36万円。売上から逆算すると、家賃を回収するのに4〜5日かかる状態で、「これはもうダメかもしれない」と思っていました。
それでも、「とにかく楽しもう」と気持ちを切り替えて奮闘し続けた結果、開店から1か月半が経った頃には、1日で35万円を売り上げる日も出てくるようになりました。
しかしその頃の私は、自分には力があると勘違いしており、市場でも年上の売り子さんたちに「○○ちゃん、安くしてよ」と馴れ馴れしく話していました。実際には、1ケース仕入れるのもやっとの経営状況だったにもかかわらず、です。
そんなある日、売り子さんのひとりが私にこう言いました。
「アキちゃんにまける理由は、何もないんだよ」
その言葉は、金槌で頭を打たれたような衝撃でした。けれど、その方はこう続けてくれました。
「でも、協力はするよ。ただ、その言葉は覚えておいた方がいい。人と付き合ううえで、一番大事なことだから」
この出来事をきっかけに、私は「ありがとう」や「感謝の気持ち」を言葉にして伝えることの大切さを、心から学びました。
感謝の言葉は、何度でも伝えていい。むしろ、それを伝えることこそが、人間関係を築く土台になる――その想いは、今も変わらず私の中に根づいています。







