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「お店ラジオ」は、店舗経営にまつわるトークラジオ番組です。小売店や飲食店など各業界で活躍するゲストをお招きし、インタビュー形式でお届けしています。この記事は、InterFMで毎週日曜日にお送りしている「お店ラジオ」で放送された内容を未公開放送分も含めて再編集したものです。
今回のゲストは、話題に事欠かない兄弟をお招きしました。破天荒で行動力のある、牡蠣小屋を営む兄の丹下工(たんげたくみ)さんと、株式会社SHIFTという一部上場企業の社長をつとめる最強ビジネスマンである弟の丹下大(たんげまさる)さんです。この兄弟を主人公に繰り広げられる漫画のようなストーリーと、二人が描く飲食業界の未来についてお聞きしました。
丹下兄弟のお話をご紹介する1回目は、兄の大借金を背負う失敗と、弟の「兄の店再生プロジェクト」による嘘のようなV字回復についてご紹介します。
この記事の目次
- 広島の海辺でプリプリの牡蠣が食べられるほったて小屋「かき小屋 福山港店」
- 広島県が公募していた事業に、自分一人だけ応募
- オープン初月の売上はなんと1800万円
- 無駄が多い経営をしているのに気づかず、調子に乗って豪遊
- 意気揚々と2年目のオープンをするも、売上は3分の1という惨状
- 上場企業社長の弟に泣きつく
- 現状を把握するために伝票整理を外注
- わざと行列を作る
- 客単価を上げるために、ディズニーチャンネルを流す?
- アルバイトの仕事をいかに減らすか
- POSレジの導入で、どこにいても指示が出せるようになった
- 「お客さんは新鮮な牡蠣を食べたいはず」というのは店側の妄想だった
- 奇跡のV字回復と隠れた成功要因
- 飲食は場所代と人件費をどれだけ削れるか
広島の海辺でプリプリの牡蠣が食べられるほったて小屋「かき小屋 福山港店」
私は広島の福山市で「かき小屋 福山港店」というお店をメインに営業しています。かき小屋福山港点は、福山港の旧フェリー乗り場のそばで、牡蠣の季節である10月〜3月までの約半年間、期間限定でオープンしており、大きくてプリプリの牡蠣がたくさん食べられることが売りです。
元々プレハブだったところを、板を貼って小屋のようにしたので、まさに「海の横にあるほったて小屋」という雰囲気です。今年で創業10年目になります。
広島県が公募していた事業に、自分一人だけ応募
10年前、広島県が「尾道、三原、福山の港にかき小屋を一軒ずつ作ろう」というプロジェクトを始めたんです。それで「福山港の旧フェリー乗り場駐車場で、誰かかき小屋をやりませんか」という公募がありまして、私はそれに軽い気持ちで応募しました。すると、それに応募したのは私一人だけだったのです。
おのずとやるしかなくなってしまいました。おそらく牡蠣の時期である約半年間しか営業できないことがネックになって、応募に二の足を踏んだ人が多かったのではないかと思います。
オープン初月の売上はなんと1800万円
とりあえず、一年目はプレハブでオープンすることにし、席数は120で設定しました。海の横で他に飲食店もないようなだだっ広いところに建てたので、お店自体はかなり広かったです。このままオープンするのも不安だったので、とりあえずみんなに知ってもらはなければいけない、と思ってテレビ局の知り合いに声をかけてみました。
するとなんと「かき小屋ができるまで」というドキュメンタリーを30分の枠をとって放送してくれることになったのです。当時は一ヶ月間ずっとカメラが張り付いていました。これがうまくいったのか、実際に営業してみると、驚くべきことにオープン初月の売上が1800万円もありました。連日行列ができているという、大繁盛ぶりでした。
無駄が多い経営をしているのに気づかず、調子に乗って豪遊
盛況ぶりはいいのですが、右も左も分からないので、これに対応するため今思えば無茶苦茶なことをしていました。まず、アルバイトを50人も雇っており、シフトを組んで20人は常駐するようにしていましたが、この20人を全くうまく使えていませんでした。
また、ガスではなく炭を使っていたので炭を起こす人が常に必要だったり、安い牡蠣を仕入れていたので、牡蠣にびっしりくっついたフジツボや海藻を取り除くだけのために常に5人ほど必要だったりしました。加えて、炭代だけで月に100万円もかかっていました。
無駄にコストがかかっていたのですが、会計のこともよく分かっていなかったので、「よく分からないけどものすごく儲かっているはず」と考えていました。だから、調子に乗って親にiPhoneを買ってあげたり、いきなりベンツを買ったりして、かなり贅沢してしまいました。
それでも、客足は相変わらず順調で、初年度は半年で8000万円を売り上げました。この時点では、何かまずいことが起きているなんて、微塵も思っていませんでした。すっかり富豪気分の私は、2年目の営業が始まるまでの半年間は、毎日ポーカーをして遊んでいました。
意気揚々と2年目のオープンをするも、売上は3分の1という惨状
さあ、そして2年目の営業が始まりました。1年目と同じイメージで意気揚々とオープンしましたが、蓋を開けてみると、初月の売上が600万円しかなかったのです。去年の3分の1です。今考えると、一年目でケチって安い牡蠣を使っていたことからリピーターがつかなかったのが原因だったのでしょう。
私はパニックになりました。バイトは同じように50人雇っていて、炭も使い続けていますからコストはほとんど変わりません。それなのに、売上が3分の1ではどうしようもありません。それでも必死に頑張って半年間なんとか営業を終えると、気がつけばもう首が回らなくなっていました。
あらゆる業者にお金が払えず、借金は2000万円にものぼっていました。ベンツはどうなったか、もはや覚えていません。もう、ショックでショックで、当時のことは全く記憶にありません。自分の人生は終わってしまったのかと、毎日放心状態で過ごしていました。
上場企業社長の弟に泣きつく
そんな時、母親が弟に「まさる(弟)、もう店が潰れそう。借金もある。助けてほしい」と泣きついてくれました。弟はSHIFTという一部上場企業の社長で、経営のプロなんです。私は、プライドが邪魔して弟に助けを求めることができていなかったので、この母親の行動に救われました。そこで私のかき小屋の惨状を知った弟が全面的にサポートしてくれるようになりました。
現状を把握するために伝票整理を外注
まず弟は、出資者に迷惑をかけないように会社を2000万円で買い取ってくれました。会社を作る時に出資してくれた人が5人いて、その出資金の合計が2000万円だったので、説明しつつそれぞれにお金を返すことによって、株主を弟一人にまとめました。次にやることは、現状の把握です。
当時は伝票も全く整理されておらず、売上や利益を正確に把握することも困難な状況でした。1年目と2年目の伝票をクラウドソーシング(不特定多数に業務を発注できるサイト)で5万円払ってエクセルに入力してもらいました。すると、「これ120も席いらないよね」ということと「客単価が2300円しかない」ということが判明しました。
わざと行列を作る
席数は、半分の60席にすることにしました。半分というのは抵抗がありましたが、データで見ると確かに平均30くらいしかお客さんは入っていなかったのです。120のうち30が埋まっているより、60のうち30が埋まっている方が忙しく見えるし、行列ができれば人気店に見える、という説明にも納得しました。
客単価を上げるために、ディズニーチャンネルを流す?
客単価は3000円に設定し、そのために食べ放題を追加しました。また、ペルソナ(サービス・商品の典型的なユーザー像)を「平日昼間の客」「平日夜の客」「土日の家族連れ」と分けて、なるべく多くのドリンクを飲んでもらえるように、それぞれのメニュー構成を練り直しました。
中でも土日の家族連れのためにはキッズスペースを作って、ディズニーチャンネルを流すことで長居してもらえるようにしました。
アルバイトの仕事をいかに減らすか
次に、アルバイトのオペレーション(業務の一連の手順)を効率化して人件費を抑えました。なるべくアルバイトが働かなくていい状況を作ろうとしたのです。まず、今まで手間がかかっていた焼き方の説明を省きました。
毎回、焼き方を書いた紙を渡し、簡単な説明だけをするようにしました。ただメニューに書いておくだけだと、お客さんはちゃんと読んでくれません。それでは結局店員を呼ばれ、説明のコストがかかってしまいます。
他に店員を呼ぶと言ったら「調味料ください」のパターンだと思うので、大量の調味料をあらかじめテーブルに置いておきました。こうしてなるべくお客さんと店員が接点を持つ必要のない状況を作り上げ、アルバイトはただ料理を出せば良いだけにしました。
これは、期間限定の営業であるために、質の高いアルバイトを集めることが難しいという面からも、とてもありがたいことでした。結果的に50人もいたアルバイトは12人まで減らすことができ、1シフトあたり6人で回すことができるようになりました。
POSレジの導入で、どこにいても指示が出せるようになった
また、情報を整理するためにPOSレジ(リアルタイムで集計・管理・分析できるレジ)を導入しました。
弟は東京にいたので、POSレジから送られてくる情報を見て「あんまりドリンクが頼まれてない」「アルバイトのオペレーションがうまくいってない」などのメッセージを毎日送ってくれたので、話し合いつつ改善を重ねていきました。月100万円という莫大なコストがかかっていた炭を使うのもやめ、ガスを使うことにしました。
「お客さんは新鮮な牡蠣を食べたいはず」というのは店側の妄想だった
さらに、牡蠣の質に関しても大胆な作戦を考えました。実はオープンしたての11月では、まだ牡蠣が育ちきっておらず、身が小さいんです。でもお客さんは、身がプリプリの大きい牡蠣を食べたいと思っています。だから、弟は来年の分の牡蠣を今のうちに大量に買っておいて、冷凍してはどうかと提案してきました。(4、5月くらい)
「そんな馬鹿な、お客さんは新鮮なものを食べたいはずだ」と思いましたが、とりあえず受け入れ、5トンもの牡蠣を弟に1500万円くらいで買ってもらい、冷凍して提供することにしました。そしてやってみると、なんと「新鮮だけど小さい牡蠣」よりも「冷凍だけど大きい牡蠣」の方が満足度が高かったのです。冷凍技術の向上から、意外に味は劣化しないし、大量に買ってくれることから仕入れ先も優遇してくれて質のいい牡蠣を回してくれた、ということが要因だと思います。詳しい人には「この時期にこんなに大きい牡蠣が取れるはずがない」と怒られたこともありましたが、基本的には満足してもらえました。これはかき小屋で働いていたら決して思いつかない、逆転の発想だったと思います。
奇跡のV字回復と隠れた成功要因
このように弟主導のもとしっかり改革を行った結果、なんと3年目の営業では1ヶ月目から売上1500万円、営業利益が400万円になったのです。完全なV字回復です。もう弟には、感謝してもしきれません。
ちなみに、ここまで早いスピードで業績が回復したのは、検索上位を支配できていた、という要因もあります。実は、某大手グルメサイトに月30万円を3年間払い続けていたんです(通常は5万円ほど)。これによって検索1ページ目はうちのかき小屋しか表示されなくなっていました。
本当の地元の人はかき小屋には行かないんです。よってメインのお客さんは観光客ということになるので、この検索上位を支配する効果は絶大でした。さらに観光客を呼び込むために、バス会社にも営業をかけて、観光バスがくるようにしました。元々駐車場ということもあり、バスを停める場所にも困りません。こうなると毎回4,50人が団体でやってくるので、すごく助かりました。
飲食は場所代と人件費をどれだけ削れるか
弟は、初めから「絶対にいける」と思っていたようです。まず、広島県が始めたプロジェクトだったため、優遇されて家賃が月1万円と激安でした。飲食のコストは材料費と場所代と人件費の三つで、材料費は簡単に下げられません。
よって勝負はほとんど場所代と人件費をどれだけ節約できるかで決まります。場所代が1万円の時点でかなり有利で、あとはオペレーションを効率化して人件費を削ればいいだけです。
また、これは弟にも計算外だったようですが、牡蠣には意外なエンタメ性があったのです。牡蠣は焼いているとたまに「パーン」と破裂して大きな音を出します。これがあちこちで起こるので、およそ5分に1回くらい破裂するのですが、この度にお客さんが勝手に盛り上がってくれるのです。
本来は飲食店は店員にはお客さんを楽しませるスキルが必要で、かなりエネルギーがいります。これがかき小屋では必要がなかったのです。すると、必然的に教育のコストが下がります。
これが人件費の削減にも繋がっていったのです。こうして弟の助けでなんとかかき小屋を立て直すことができ、経営も順調なところに、コロナがやってきてしまいます。次回はコロナでやってきたピンチを、また弟の協力を得ながら乗り越えていくお話です。