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「お店ラジオ」は、店舗経営にまつわるトークラジオ番組です。小売店や飲食店など各業界で活躍するゲストをお招きし、インタビュー形式でお届けしています。この記事は、InterFMで毎週日曜日にお送りしている「お店ラジオ」で放送された内容を未公開放送分も含めて再編集したものです。
今回のゲストは、2011年に東京都恵比寿に猿田彦神社をモチーフにしたスペシャルティコーヒー専門店「猿田彦珈琲」をオープンさせ、翌年からはコカ・コーラ社の缶コーヒーの開発に参加し、猿田彦珈琲監修の「ジョージア ヨーロピアン」シリーズを共同開発するなど、独自の戦略により20店舗以上を経営する、猿田彦珈琲株式会社 代表取締役 大塚朝之さんです。
「猿田彦珈琲」の由来から、俳優業の挫折からサードプレイスとしてのコーヒーショップとの出会い、猿田彦珈琲のコンセプト、世界コカ・コカコーラとの共同プロジェクトによる新しい缶コーヒー「ジョージア ヨーロピアン」シリーズの開発秘話、スモールビジネスとビッグビジネスの2軸へのこだわりなどについて3回に分けてお話しいただきます。
第1回は、猿田彦珈琲の由来とサードプレイスとしてのコーヒーショップ、創業などについてお送りしました。
第2回は、猿田彦珈琲のコンセプト「図工室のコーヒー」、コカ・コーラとの共同事業などについてお送りしました。
第3回は、共同プロジェクトでの学びと2店舗目の出店、新規出店に対するジレンマなどについてお送りします。
この記事の目次
新しい挑戦が缶コーヒーの流れを変えた
私達が開発に関わっていたとき、コカ・コーラの方からは「これは必ず売れるし、他の缶コーヒーがこのスタイルを模倣するだろう」と言われました。さらに、その成功が、猿田彦珈琲の更なる飛躍に繋がるという期待もありました。
私たちが初めて携わった商品ラインは「ヨーロピアン」と言われているもので、当時、その特有の風味は市場にほとんど存在しませんでした。しかし、実際に発売してみると好評で、現在では多くの製品がその風味を採用していると感じています。
開発チームのメンバーは、私たちの商品が業界におけるこの変化の一因であると確信しており、「ヨーロピアン」シリーズが他ブランドに影響を与えたと自負しています。
もっとも、缶コーヒーの製造で、ブランド価値を損なうリスクがあるのではないかという懸念もありました。しかし、私たちがビッグビジネスに足を踏み入れても、私たちの核となる価値観やスモールビジネスの理念を維持し、その品質や世界観を基盤に据えて活動する限り、問題は生じないと確信していました。
共同プロジェクトでの学びと気づき
コカ・コーラとの共同プロジェクトは、私たちのコーヒーへの姿勢や価値観をさらに深める貴重な体験となりました。
たとえすぐに利益がでなくても、研究や開発活動がどれほど重要であるかを強く実感し、その継続の大切さに気づかされました。
また、コカ・コーラのチームとの協働を通じて、彼らのプロフェッショナリズムと情熱の程度には驚かされました。
はじめ私たちの若手スタッフは彼らを過小評価していたかもしれませんが、実際のプロジェクト進行中に彼らの姿勢と専念ぶりに深い敬意を抱くようになりました。
商品を市場に投入するという作業は、考えていたよりもはるかに複雑で挑戦的でした。この経験を通して、私たちのチームメンバーは成長し、自分たちの職業に対する認識や責任感を強く持つようになったと思います。
この缶コーヒーの成功により、「猿田彦珈琲」というブランド名の全国的な認知度が上がりましたが、その時点で私たちが直面していたのは高品質なコーヒー豆の安定供給と、特に焙煎プロセスの最適化という大きな課題でした。これらの課題のため、直ちに店舗を拡大することは考えていませんでした。
焙煎の問題で2店舗目を出店
焙煎に関しては、賃貸の店舗での煙の問題が生じていました。近隣の住民からの苦情を受け、結果的にその場所を去らざるを得なくなっていたのです。さらに、新たな焙煎機を導入する際の問題も生じていました。住宅地での大型機械の使用は許可されていないため、商業地域や工業地域での設置を考える必要がありました。
そこで、新しく焙煎工場を設立しようと考え、銀行に融資を求めたのですが、まだ売上が伸びていない中での大きな投資は認めらませんでした。
なかなか、次の店舗が決まらない状況で、私は家族と一緒に地元である調布市の仙川という場所でお茶をしていたのですが、そこで、スターバックスの隣の店舗の閉店告知の看板を目にしたのです。そして詳しく見てみると、その物件はまさに私が求めていた物件だったのです。そして、その場からすぐにその大家さんに連絡を取り、貸していただける事になりました。
2店舗目は焙煎機導入を機にオープンしましたが、3店舗目以降はお客様からの「出店してほしい」という要望に応える形で展開していきました。
その後、アトレやルミネといった商業施設からも出店の依頼を受け、実現させています。しかしながら、積極的な店舗拡大を支えるスキルや能力、組織体制はまだ未成熟であり、すべてに手を広げることは難しい状況でした。
事業多角化による北海道進出
創業以来、徐々に店舗数を増やし、2023年秋に予定されている札幌の新店舗を含め、全国で22店舗を運営しています。今後もリソースが許せばもっと店舗を増やしたいという想いはもっています。
一般的に、新しい地域への店舗展開は、ドミナント戦略でないと効果が上がらず、マネジメントも大変ですが、私達はそうした戦略で出店をしてはいません。
私たちの珈琲屋の特長は、単に店舗でコーヒーを提供するだけでなく、自社製造の商品をスーパーマーケットやコンビニエンスストアで販売している点にあります。これにより、私たちのビジネスモデルは多角的に収益を上げることが可能です。
例えば、北海道のような新しいエリアに店舗を開設すると、その地域の人々に私たちの店舗の魅力や商品の良さを直接体験してもらうことができます。これが宣伝となり、その結果、地域内のスーパーやコンビニでの私たちの商品の売上も向上します。そのため、店舗が散在していても、それがビジネスとして成り立つ理由となっています。
さらに、新たな地域への展開は、社内の士気をも高める要因となります。特に、遠隔地への展開に際しては、社員間に驚きや期待が生まれ、「あそこまで行くのか!」という反応が見受けられます。
実際、北海道への展開が計画された際には、多くの社員が積極的にその挑戦を望んでおりました。このような社員の情熱と、多面的な事業モデルが、私たちの事業の成功を後押ししております。
新規出店に対するジレンマと今後への自信
アトレなどの商業施設への出店を通じて、徐々に店舗を増やすための方程式も見えてきた気がしてはいますが、まだ完全に準備が整っているわけではないとも感じています。
方程式がわかり始めたつもりではあるものの、一方で、店舗の増加に焦点を当てるあまり、本質的な価値が失われ、ビジネスに対する興味を失ってしまうのではないかという懸念も抱いています。このような不安は、私たちが常に心掛けている「スモールビジネス」の哲学との間に、何らかのギャップを感じていることが背景にあるのかもしれません。
しかし、過去には過度な心配から無駄な時間を過ごしたこともありました。現在は、新しい店舗を開発し、出店する際に自らの基準を満たす取り組みができていると感じ始めており、これが自信につながっています。そのため、これまで以上に出店活動に積極的に取り組みたいと考えています。
お客様にとっての安らぎの場所
かつてスターバックスで過ごした時間は、私にとっての避難所、心のシェルターでした。その経験から、猿田彦珈琲がお客様やスタッフにとっても同様の役割を果たしていきたいと考えています。まだまだこれからではありますが、お客さんや従業員にとって、お店が安らぎの場所になれば嬉しいです。
私たちのカフェを訪れた人々が「幸せな場所」と感じるよう、その実現に努めています。私自身、そのようなお店が好きなのです。
そのためには、従業員一人ひとりが自主性を持ちながらも秩序を保ち、訪れる人々にとっての安らぎの空間を一緒に作っていくことが必要だと信じています。単に数字の追求ではなく、お客様にとって本当の価値を提供するお店づくりを目指すことが、私たちの経営の核心にあります。