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「お店ラジオ」は、店舗経営にまつわるトークラジオ番組です。小売店や飲食店など各業界で活躍するゲストをお招きし、インタビュー形式でお届けしています。この記事は、InterFMで毎週日曜日にお送りしている「お店ラジオ」で放送された内容を未公開放送分も含めて再編集したものです。
今回のゲストは、鶴巻温泉 株式会社陣屋 代表取締役女将の宮﨑さんです。「鶴巻温泉 元湯陣屋」を立て直した、“老舗旅館のDX戦略”についてお送りします。
第1回は、鶴巻温泉元湯陣屋をDXで立て直す初期的部分までをお聞きします。
この記事の目次
代表取締役“女将”誕生の背景とは!?
鶴巻温泉元湯陣屋4代目女将、株式会社陣屋 代表取締役女将の宮﨑知子です。
代表取締役“女将”という肩書きにした理由は、社長という役職は自由に決められると伺い、代表取締役社長はたくさんいらっしゃいますが、“女将“はいないと思ったからです。こうして、代表取締役“女将”として立つことにしました。
鶴巻温泉は、神奈川県中央の少し西寄りに位置しています。神奈川県の観光地といえば、横浜みなとみらいや湘南、鎌倉、湯河原、箱根などが思い浮かぶかと思いますが、鶴巻温泉からはどの観光地へも約1時間かかる距離にあります。そのため、観光地と絡めて集客するのが少々難しい場所になります。
30年から40年前には、鶴巻温泉にも20軒弱の旅館がありましたが、現在はわずか2軒にまで減ってしまいました。また、最近では首都圏に近いこともあり、住宅化が進みベッドタウンとなっています。駅を降りてもかつての温泉街というイメージでは無くなっているため、駅を降りたお客様が不安に感じられ、お電話をいただくことがあります。
陣屋はもともと夫の実家で、夫は当時継ぐつもりはなく、自動車会社のエンジニアとして働いていました。ですから、私はエンジニアと結婚したと思っていました。
しかし、オーナーである義父が急逝し、女将兼社長となった叔母も長く務めましたが体調不良で引退しました。その後、義母に引き継がれたものの、3年で体を壊し入退院を繰り返すようになってしまったのです。そういった事情で経営者不在となったため、長男である夫に白羽の矢が立ち、2009年10月に2人で実家に戻り、陣屋を継ぐことになりました。
アナログなオペレーションがお客様に与える悪影響
当時の陣屋の経営状況はというと、非常に厳しい状態でした。それまでもバブル崩壊後から徐々に衰退していたこともありましたが、2008年のリーマンショック直後で、大きな打撃を受けていました。にっちもさっちもいかない、そんな状況でバトンタッチされたため、これからどうすべきか、事業を売却すべきか、それとも自分たちで立て直すべきか、という状態からスタートしました。
最初は、状況分析から始まりました。現在の状況を徹底的に調べて約1カ月かけて分析し、どこに問題があるかを明らかにしたのです。
敷地面積が1万坪もあるため、従業員が現場に散らばってしまい、誰がどこで何をしているのかをきちんと管理することが難しい状態でした。まるで捜索願のような状態で、「誰々さん、どこで見かけましたか?」といった具合です。内線電話を使ってフロントと接客スタッフと連絡を取ろうとしても、忙しさから電話が取れないこともありました。
さらに、お客様からの要望や伝達事項をスタッフ全員に瞬時に共有する必要がある時でも、電話では1対1のやり取りになってしまい、情報が広がらないためお客様にご迷惑をおかけすることが多くなっていました。そのため、電話以外の情報共有ツールが必要であることに気付きました。
例えば、お客様が「朝食後も横になりたいので、お布団をあげないでください」とおっしゃる場合、その情報はフロント裏のホワイトボードに書き込まれます。しかし、ホワイトボードを読まないスタッフもいるため、情報がうまく伝わらないことがあるのです。
「あれほど言ったはずなのに」といった誤解といいますか、お客様のリクエストと実際のサービスに乖離が生じることで、大変なご迷惑をおかけしてしまうことがありました。これらは些細なことかもしれませんが、お客様にとっては非常に大切なことですし、言ったことが伝わらないという状況は、旅館としては好ましくなく、非常にまずい状況だと感じました。
手書き台帳のデジタル化から 旅館DXの第一歩
そこで、情報共有を改善するため、手書きだった台帳をデジタル化しようと考えました。そしてクラウドという技術に行き着きましたが、当時は自分たちが欲しかった選定要件を満たすクラウドサービスが市場にはありませんでした。そこで夫が「じゃあ、自社で作ろう」と言い、新たにエンジニアを雇用して独自のシステムを開発することにしました。
しかし、引き継いだ後も売上が芳しくない状態で、先行投資や人を雇うことになるとハードルが高かったため、最初は小さく始めることにしました。プラットフォームとしてセールスフォースを利用し、最初はエンジニアと主人のライセンスだけを購入してカスタマイズを始めました。そして、システムを作りながら徐々に手書き台帳のデジタル化を進めていきました。
従業員同士の連絡も、最初はインカムを使っていましたが、1台15万円ほどで、30人~40人で使用するとなると費用が高くなってしまいました。また、敷地が1万坪あるため、通信範囲が広いタイプが必要であり、総務省への届け出やメンテナンスも含めるとかなりの経費が必要でした。
現在は無線ではなく、東芝と共同開発したアプリケーションを使用してWi-Fiで全ての連絡ができるように改善し、コスト削減にも繋がっています。
旅館DXに順応する従業員と、そうでない従業員の二極化
他の旅館がまだDX化されていない中での取り組みでしたので、従業員に抵抗はあったようですが、使わざるを得ない状況を作りながら徐々に取り入れました。
例えば、勤怠管理機能もシステムに組み込み、3年目には出勤時にログインして出勤ボタンを押さないと給料が支払われないようにしました。これにより、全員がシステムを使うようになりました。
また、レポートや申請、仕事の依頼なども社内SNSでの投稿を必須とし、紙の受け取りを中止しました。そうすると、新しい取り組みを嫌がりSNSなどでの仕事の依頼に対して嫌な顔をする人への仕事の依頼が減り、気持ちよく受けてくれる人に向かうようになります。従業員の中で嫌な態度をとる人は、だんだん仕事が減っていくのです。そうすると、最終的には奮起して頑張るか、辞めていくかの二極化が起こります。
仕事が減っていく従業員のために、上手な人に困っている人を手助けするように提案しています。そうすることで軌道修正できる人もいれば、職場に合わないと感じて辞めてしまう人もいるのですが、全体としてはデジタル化によって情報がリアルタイムで共有されるようになり、お客様へのサービスレベルが向上しました。
しかし、私たちは従業員が辞めることを望んでいるわけではなく、会社を改善し、できるだけ多くの従業員の雇用を維持するための取り組みであることを従業員に理解してもらいながら進めていきました。
EBITDAマイナス6,000万円から黒字に転換するために
業務の改善はもちろんですが、経営の立て直しも必要でした。私たちが始めた時、EBITDA(償却前の利益)はマイナス6,000万円からスタートしました。
その状況を改善するため、情報共有の効率化や単価の上昇など様々な取り組みを行いましたが、赤字から黒字に転換するまでには3年近い時間がかかりました。
その頃は、年間数千万円の赤字が続いている非常に厳しい状況でしたので、まずは客単価を上げる計画を立てました。1泊2食付きで3万円を目指す、5年計画のプランです。
施設改修やサービスの改善などのプランもありましたが、資金的な制約から露天風呂付き客室の増設など施設への投資が難しく、資金をかけなくても改善が可能な料理の見直しによって客単価を上げることから始めました。
第1回は、鶴巻温泉元湯陣屋をDXで立て直す初期的部分までをお聞きしました。
次回は、どのようにDXを進めていったのか、具体的なお話をお聞きします。