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「お店ラジオ」は、店舗経営にまつわるトークラジオ番組です。小売店や飲食店など各業界で活躍するゲストをお招きし、インタビュー形式でお届けしています。この記事は、InterFMで毎週日曜日にお送りしている「お店ラジオ」で放送された内容を未公開放送分も含めて再編集したものです。
今回のゲストは、“世の中の体温を上げる”をコンセプトにスープ専門店を展開する株式会社スープストックトーキョー代表取締役の松尾さんです。物語のある思いのこもった商品づくり・お店づくりを行い、多くの女性に親しまれる店舗経営についてお送ります。
この記事の目次
“Soup Stock Tokyo”に転職してからの道のり
転職を決意して最初に創業者の遠山と会った時に、私は彼の想像力に対して「悔しいです」と言った記憶があります。そして同時に、私にやらせてくださいと遠山にお願いしたんです。
その時、私自身が関わった新規事業は上手くいかなかったし、何も成し得てはいないけれども、「私は”Soup Stock Tokyo”に出会って、これをやるためにこれまで5年間やってきたんだと確信した。だから、自分にやらせて欲しい」と遠山に話しました。その時、遠山は、いいね、という感じで、商品開発の全てをやるように言ってくれました。
商社出身の創業者が始めた“Soup Stock Tokyo”は、転職した時には既に10店舗以上ありましたし、ブランディングも上手く行っているように見え、これからも凄く伸びていくような魅力を感じていました。さらに、三菱商事の子会社ですのでしっかりとした仕組みが出来あがっているものだと思っていたんです。
ところが、開発担当者としては女性が1人いるだけでした。当時は代官山に本社があり、マンションの一室の台所でスープを手作りしているんです。そして、容器に入れて冷凍したスープを協力してくれくださるメーカーさんに送ってスケールさせるんです。
しかも、私が入社したのが2004年4月でしたが、商品開発をやっている女性も2004年1月に入社したばかりで、仕事にも慣れておらず、コストバランスも悪かったり、スタンバイしている間にスープが分離してしまったりと試行錯誤の日々でした。最初は上手くいったりいかなかったりであったため、感覚だけでやっていてはダメだということで、商品の基準を一つ一つ決めていきました。
その他にも、商品部を任された時には夜中に取引先に行って一緒に仕分けをしたり、一緒にトラックに乗って商品を運んだりしながら、商品の流通についても学びました。さらに、配達のドライバーさんに挨拶をしていないスタッフに挨拶をするように指導するなど、商品や店舗の一つ一つを改善していきました。転職して以降、私はそうした仕事をする中で店舗を運営している組織や人のモチベーションは本当に凄いと感じるようになっていました。
凄く興味も湧いてきて、店舗営業部や人事部、財務経理など違う部署に口を出すようになっていきました。さらに、最初は三菱商事から来ている人しか出席できない雰囲気があった役員会にも、オブザーバーでもいいから全部出させてくれとお願いして参加させてもらいました。
気がついたら私が一番喋っていて、3年ほど経った29歳の頃にはほぼ全てを兼務していて、出店や人事、味、デザインなどスープストックのほぼ全てを決定する立場になっていました。当時、“Soup Stock Tokyo”を運営する株式会社スマイルズは三菱商事の社内ベンチャー企業でしたが、2008年私が31歳の時に、遠山が三菱商事などからスマイルズの株を全て買い取り、彼の会社になりました。
そして、私は副社長に就任することになったんです。
“思い“や”ストーリー“のこもった商品の開発
入社以降、商品開発や店舗改善などをしてきましたが、商品をスープに限定してしまうとバラエティを取りにくいのではないかと言われることがありますが発想を変えるとそうでもありません。
リゾットやお鍋などもスープだと思うんです。具沢山なスープですね。ですから、新しいスープを作るというよりも、リゾットなどの料理をスープストックのスープのカップの中で再現しようという感覚で作る場合もあります。
例えば、鳥を丸ごとスープカップには入れられないけれども、ほぐしてクコの実と一緒に入れて、薬膳的なスープをスープカップで食べるにはどうすればよいのかを考えて作ったのが”東京参鶏湯(サムゲタン)”という人気商品だったりします。
商品開発は、参鶏湯(サムゲタン)のような料理からインスパイアしたものもありますし、産地や素材をヒントにして商品開発を行う場合もあります。“沖縄のもずく”などは、開発の女性が沖縄に旅行に行った時に、浜にたくさんの”もずく”が打ち上げられていて、これはもったいないと言う事で始まった商品で、産地や素材からのヒントを得て開発した商品ですね。
他にも、ピカソの作品にインスパイアされたレモンのスープがあります。ある商品は、フェルメールの「牛乳を注ぐ女」という絵にインスパイアされて、きっと昔のパンは硬いパンしかなかったはずだ、だから具材はその固いパンを使おうという感じでで、シーンを再現、或いは表現するというイメージで開発した商品もあります。
こうした商品開発については、毎月商品決定会議をやっているんですが、アイディアが出てこない事はないですね。勿論、開発しているスタッフは毎日頭を捻っているんですが。
アイディアを出す際のルールも決めていまして、一応箸やフォークを使わないで飲めるもので、且つスプーン1本で食べられるのであれば、どんな濃度でもどんな具材感でも構わないということにしています。また、商品の味や見た目なども検討材料の一つではありますし、商品全体のバリエーションを考えながら開発する場合もありますが、一番は商品に対する“思い”や“ストーリー”ですね。
例えば、田舎出身の人がスープを食べた時に、田舎のお父さんやお母さんに久しぶりに連絡したくなるような“思い”のこもったスープですね。それをリーフレットに書いていて、読みながら食べて感じてもらえるようなストーリー性のある商品づくりを目指しています。
”世の中の体温をあげる”
我々は食べ物屋さんだけをやっていたいのではなくて、自分たちが大切にしている価値観やセンス、考え方に共感していただける仕事をしたいと思っています。ですから、それを伝える商品づくりやお店づくりをしていかないといけないと考えています。
温かいスープで体の体温を上げるだけではなくて自分たちの“思い”を、スープを通して作品としてお客様に提供することで、相手の“心”を温めたいと思っています。
「世の中の体温を上げる」その言葉には、我々の仕事で世の中の体温をあげたいという思いが込められています。
創業時の株式会社スマイルズの経営理念は「生活価値の拡充」でした。日常の中に温かいものとか価値を感じる事ができるものをビジネスにして、そして共感していただけるものを広げていこうと言う意味が込められていますが、東山の最初の企画書の中に「世の中の体温をあげる」というフレーズがありました。
「生活価値の拡充」よりも「世の中の体温を上げる」というフレーズの方が我々の思いを伝えやすいと思ってから、「世の中の体温をあげる」というフレーズを使っています。
それ以降、スタッフに対して毎日のようにその言葉を語っていましたので、アルバイトの方々も含めてその理念を知らないスタッフはいませんし、お店でも商品開発の場面でも「それって体温上がりますか?」と言うように、日常的であると同時に、自分たちの理念に戻れる言葉になっています。
お店は舞台、スタッフは表現者
私はお店とは「舞台」であると考えています。
我々は表現者として「世の中の体温をあげる」という演目を演じていて、そこで表現したことに対して、世の中の方々が心を動かされ、食べ物を食べに来ただけではない何かを感じていただいて、“誰かに優しくしたい”とか“誰かに思いを伝えたい”と思っていただくキッカケになる舞台がお店だと思っています。