about
「お店ラジオ2」は、店舗経営にまつわるトークラジオ番組です。小売店や飲食店など各業界で活躍するゲストをお招きし、インタビュー形式でお届けしています。この記事は、InterFM・FM大阪で毎週日曜日にお送りしている「お店ラジオ2」で放送された内容を再編集したものです。
今回のゲストは、「銭湯を日本から消さない」という理念のもと、継業によって10軒の銭湯を再生し続ける 株式会社ゆとなみ社代表・湊三次郎さんです。
大学時代に銭湯文化と出会い、「銭湯を日本から消さない」という理念のもと、廃業寸前の「梅湯」を引き継いだことをきっかけに、10店舗を再生。経営・採用・設備・地域づくりまでを手がける取り組みや「銭湯活動家」として歩み始めた湊さんの挑戦と哲学について、3回に分けてお送りします。
第1回は、銭湯との出会いや「梅湯」の継業に至った経緯、経営の立ち上げ期の試行錯誤についてお送りしました。
第2回は、都湯の再生や店舗拡大の戦略、若手スタッフの育成やグッズ展開などの挑戦についてお送りしました。
第3回は、設備支援やロビー改修、地域コミュニティづくり、そして「銭湯活動家」としての使命についてお送りします。
この記事の目次
都湯から始まった展開の連鎖
大津の「都湯」を引き継ぐことに決めたものの、2年間の休業を経ての再開であったため、当初は1日40人ほどしか来客がない状態でした。
まずはポスティングで地域に知ってもらい、お客様には「銭湯を紹介してください」と声がけを続けました。特に若いお客様には「お風呂どうだった?」と話しかけ、「よかったです!」と言われると、「友達も連れてきてね」と伝えていました。
20代〜30代前半の世代は友達とのつながりが強く、良い店だと感じれば自然と紹介してくれます。そうした循環が広がることを期待していました。
地道な努力が実を結び、客数は徐々に増加。1日150〜200人が訪れる銭湯に成長し、「梅湯のノウハウは他でも通用する」という仮説が確信に変わりました。
その後、3号店・4号店の話が舞い込みます。都湯の引き継ぎが2018年11月、その半年後には「もう銭湯を辞めるつもり」という相談を受け、「今動かなければ、この場所もなくなる」と感じて引き受けを決意。
結果的に、2号店と3・4号店をほぼ同時に運営することになり、無理やりでも軌道に乗せながら必死に立て直していった時期でした。
「銭湯を日本から消さない」ために
店舗ごとに家賃や燃料(油・薪)など条件は異なりますが、しっかり利益が出ている店舗もあれば、トントン、つまり赤字ではないが利益がごくわずかという店舗もあります。それでも私にとって最も大切なのは、「銭湯を日本から消さないこと」です。
たとえ大きな利益が出なくても、皆が生活できて銭湯が続いていくなら、それで十分だと思っています。
とはいえ、10年・20年先には新たな厳しさが生まれるかもしれません。だからこそ今のうちに基盤を整え、各店舗が自立して運営できる体制づくりが重要です。
その鍵となるのが「店長」の存在です。うちの店長たちは独立志望者が多く、非常に高いモチベーションを持ってくれているのですが、一方で店長だけに依存せず、スタッフ全員が高い意識を持ち、互いに補い合いながら店づくりできる環境づくりも大切にしています。
独立に必要な「熱量」とスキルセット
独立してもうまくやっていける人は、働いている段階から熱量の違いがはっきりと表れます。独立後は自分が前面に立つ場面が多くなるため、キャラクターの強さ、つまりお客様を惹きつける力も重要な要素です。
私は、銭湯経営者に必要なスキルを6角形のレーダーチャートで整理しています。項目は「統率力(リーダーシップ・カリスマ性)」「接客」「掃除」「設備(理解・施工力)」「会計(数字の理解)」「企画」の6つ。接客と掃除はお客様満足度に直結し、接客と統率はリーダーシップに関わる重要な要素です。
6項目をバランスよくこなせることに加え、自分の強みが一つあることが理想です。特に独立志望者にとっては、「統率力」か「接客」のどちらかが突出していることが不可欠だと考えています。
銭湯は、歴史をつなぐ仕事
私は、新しく銭湯をつくるよりも、これまで地域に根ざしてきた銭湯を次の世代に引き継ぐことに価値を感じています。50年、100年と続く営みにロマンがあり、それを守ることに喜びを感じるのです。
新しくゼロから銭湯を作ることは、他の誰かにもできる。だから私は、歴史のバトンを繋ぐことに力を注ぎたいのです。
銭湯の情報は、同業者や設備屋、オーナーから直接届くほか、SNSを通じてファンから「〇〇銭湯が閉店するらしい」と教えてもらうこともあります。物件を見る際は、周囲を歩き、街の雰囲気や人の流れ、自分が住みたいと思えるかを確かめることにしています。誰かが住んで運営しなければ続かないからです。魅力を感じられる土地でなければ、仲間も集まりません。
古民家を改装して若者が挑戦する街や、古い喫茶店が残る地域には強く惹かれ、たとえシャッター商店街でも、地元に動きがあれば十分可能性を感じます。
ただし、設備が老朽化しすぎていたり、来客が1日30人程度の銭湯は、いくら街に魅力があっても再生が難しいと判断します。
銭湯を支える「裏方」としての次の展開
これまで10軒の銭湯を引き継いできましたが、今後も「継業路線」を継続する予定です。同時に、次の展開として「銭湯を支える裏方の存在」を目指しています。
というのも、銭湯の窯をつくれる業者は関西でも数社しかなく、設備に詳しい職人も年々減少しているからです。
そこで私たちは、自社で設備面を支えられるよう「設備事業部」を立ち上げました。銭湯専門の「工務店」のような立ち位置で、インフラを支える存在になろうとしています。ボイラーは専門業者に依頼しますが、ポンプ交換や配管修理などは自社対応できる体制を整備中です。
こうした業者は少なく、緊急対応が困難だったり、見積もりが高額になるケースも多いため、小規模銭湯が継続を断念する原因にもなっています。だからこそ、銭湯の持続を支援しつつ、事業としても成り立つ仕組みをつくりたいと考えています。現在は10店舗分の設備部隊を有しており、この基盤をもとに他銭湯の修繕も担う設備事業を本格始動する予定です。
ロビー改修で「もう一度20年」をつくる
銭湯の大規模な設備更新には、1カ月以上の休業が必要になることが多いため、そのタイミングで設備の更新に合わせて、ロビー改修も提案できるのが私たちの強みです。銭湯の設備を大きく更新する際は、1ヶ月以上の休業が必要になることもありますので、そのタイミングでロビーの改修も提案します。設備とロビーの両方を、さらにロビーだけでなく全体を整えることで、「ここからまた20年続けよう」と思ってもらえるような提案を目指しています。
例えば単にロビーだけを綺麗にするなど、一部だけ新しくした場合、施設全体との調和が崩れてしまうため、全体のグラデーションが自然になるよう配慮しています。たとえば、昭和の洋風銭湯ならホテル風に、和風なら和の趣を活かすなど、銭湯ごとの世界観に合わせて設計を行っています。
銭湯活動家としての原点
私は自分を「銭湯経営者」とは思っていません。私は銭湯を残すために動く「銭湯活動家」であり、経営はその手段の一つです。
ビジネスとして成り立たせることは大前提ですが、ビジネスとしては厳しい銭湯もあります。私たちは、「難しい」と言われる物件にも挑戦しており、利益度外視で相談や支援に応じることもありますが、それが私の役割だと思っています。
これまで最も苦労したのは、廃業寸前の銭湯を最初に建て直した一店舗目でしたが、その時の支えになったのは、「自分がやらなければなくなる」という使命感と、「自分がこの場所を立て直している」という充実感です。オープンの日、湯気の立ちこめる浴場にお客様が次々と入っていく光景を目にし、「やってよかった」と心から思えたその瞬間の記憶が、今も私を動かす原動力になっています。
ビジネスとしてのやりがいもありますが、それ以上に、「銭湯を残す」という強い使命感――銭湯活動家としての責任を感じながら、今も取り組んでいます。
