about
「お店ラジオ」は、店舗経営にまつわるトークラジオ番組です。小売店や飲食店など各業界で活躍するゲストをお招きし、インタビュー形式でお届けしています。この記事は、InterFMで毎週日曜日にお送りしている「お店ラジオ」で放送された内容を未公開放送分も含めて再編集したものです。
今回のゲストは、鶴巻温泉 株式会社陣屋 代表取締役女将の宮﨑さんです。「鶴巻温泉 元湯陣屋」を立て直した、“老舗旅館のDX戦略”についてお送りします。
第1回は、鶴巻温泉元湯陣屋をDXで立て直す初期的部分までをお聞きしました。
第2回は、どのようにDXを進めていったのか、具体的なお話でした。
第3回は、DXシステムの展開や、働き方改革についてお聞きします。
この記事の目次
原価計算の重要性
業務改善については、まず料理の原価計算を厳密に行うことから始めました。これまでの料理の原価計算はざっくりとしたもので、毎月の締めで月毎の清算が終わらないと具体的な数字が出ないため、結果的に仕入れが勘と経験に頼る形になっていました。月半ばくらいになると、月の後半の仕入れ量をどの程度にすべきか悩むことが多かったのです。
仕入れの改善のためには、ロスを減らすこととお料理の原価計算を厳密に行うことが重要だと考えました。料理の原価を調べてみると、驚くべきことに原価が65%に達するような料理があったのです。それは天重で、非常に大きなエビが使用されていて、大変人気のある商品でした。お重から溢れるほどのエビがあれば迫力があると思って提供していたのですが、原価率が65%もあれば売れば売るほど赤字になります。この料理はすぐに停止して、他の料理を作るように指示して献立を作り直していただきました。
それからも献立を工夫し、毎月料理を変え、さらに盛り付けも美しくすることで、お客様から褒めていただけるようになり、ランチのお客様が少しずつ増えていきました。
徹底した“おもてなし”が売上に大きく貢献!?
陣屋のレストランは「賑わい亭」という名前ですが、お店が賑わっているときに、パートのスタッフが「賑わい亭が賑わっています」と言っていました。こうして、お客様から良い反応が得られるようになったことで、これまで女将さんにやれと言われてやってきたことが、間違いではなかったと感じられたのだと思います。
前回の来店時にお客様が召し上がった料理を知ったうえで、今回は違うものを用意したとお客様に伝えると、とても喜んでくださいます。スタッフ自身もそういった経験をすると、手応えを感じられます。そうすると、お客様の情報をもっと収集しておくことが重要だということに気づいてくれるようになるんです。
例えば本当に些細なことですが、お客様が左利きだと知ったらお箸を左利き用にしてご用意するだけでも違います。そういった細かい対応をするために、情報共有がどれだけ大切かということが徐々に理解され、社内で連携が取れるようになりました。
結果として、陣屋を引き継いだ時の売上は2009年時点で2億9,000万円だったのですが、2019年には6億1,000万円まで伸ばすことができました。
ブランディングのためのウェディング
旅館ビジネスの売上の構成は、一般に宿泊と日帰り、ランチやディナー、宴会などですが、陣屋ではウェディングもやっていました。食事の質や内容を向上させ、宿泊も改善し、さらにウェディングを行うことでクロスセルが効いてきました。
ブランディングに関しては、女性が訪れたいと思える施設を目指していました。まず、多くの場合において決定権を持つことが多い女性にアピールするためにウェディングを実施し、これを全体のブランディングに結びつけようと考えました。
しかし私たちは宿泊を販売したいわけですから、客室などのリソースが限られている状況のなか、ウェディングのために着替えの部屋などを使われることも避けたいのです。客室を控室として使っていただいてもいいけれども、チェックインの1時間前までにお部屋をあけていただかなければ宿泊の準備が間に合いません。ホテルなどでもこうしたジレンマがあり、リソースを分かち合うことになるためフロント部門とブライダル部門は仲が良くないそうです。
それなら“同じ人がやればいい”と考えて、わたしたちはフロントとブライダルを兼務させてマルチタスクでやるという形にしました。
クラウド型宿泊施設向け管理システム「陣屋コネクト」の販売開始
陣屋の業務改善を目的として自社開発したシステムは、業務改善に関して様々な要望が寄せられて大幅に進化しましたが、3年間ほど使用した後、改善要望が出なくなっていきました。そこで主人が「これを外に販売してユーザーからの意見をいただき進化させたい」と言い、このシステムをお役立ていただけるのであれば、販売しようということになりました。
そして、クラウド型宿泊施設向け管理システム「陣屋コネクト」として販売することになり、2012年に株式会社陣屋コネクトが創業されました。
陣屋コネクトを利用していただいているお客様からは、「予約管理がスムーズになった」「食材の無駄が減った」「サービスと厨房を繋げる役割もスムーズになった」と、好評の声が寄せられています。
営業日数を減らす!?旅館業界での働き方改革とは
人材不足は地方の旅館業界でも深刻な課題となっており、その対策として休館日を設けている旅館もあります。休館日を導入することで、従業員の人数を維持しやすくなる一方で、営業日数が減るデメリットもあります。
例えば、陣屋の場合も火曜、水曜、木曜を休館日としていて、週に4日しか営業していません。従業員は週40時間、週休3日制で働いており、1日の拘束時間は休憩を含めて11時間となります。従業員の体力や健康を考慮し、3日連続で働くと体に負担がかかるため、3日間しっかり休んでもらう方針を取っています。
365日24時間稼働していると、誰かが不在になる日が必ず発生します。そうすると、お客様がAさんに会いたくて来ているのに、Aさんがいないという状況が発生します。我々はできるだけそういった事態は避けたいと考えています。
スポーツチームでいう「レギュラーメンバー」全員が協力して仕事に取り組む姿勢で、お客様に対して全面的に向き合い、最高のサービスを提供したいというのが私たちの願いです。
その効果はお客様に対してだけでなく、従業員にも出ています。やはり休館日があると、いつが休みなのかがあらかじめわかりますので、予定が組みやすくなっています。そのため、旅行の計画をしているメンバーもいたり、うちは副業を許可していますので、副業をしているメンバーもいたりと、離職も抑えられています。
その他にも、夜間に施設を管理していただく夜警さんを配置せず、夜勤勤務のシフトを組んでいます。調理場さんにも夜勤をしていただくようお願いしていますので、24時間ルームサービスが出せる体制になっています。また、朝ごはんの下準備を夜勤の従業員が行いますので、日勤の従業員が通常の時間で出勤できるなど効率化も進んでいます。さらに、積み残した事務作業があれば夜間にできますし、委託していたランドリーを内製化し、夜間に行うことでコスト削減にも繋がっています。
宮﨑さんにとってのお店とは
人生に必要なもの、日常に彩りを与えるものだと考えています。
私たちは、長年にわたって続くこの百年の庭園に沿って、斬新過ぎず、馴染む形でリニューアルを続けてきました。
新しい宿を作る際には、地域に馴染めるか、地域ごとの自然と調和ができるかという点が非常に重要であると考えています。
リニューアルを進める際には、「お客様に使っていただかなければ意味がない」ということを念頭に置きながら、地域に根ざし自然と調和した、お客様に喜んでいただける宿を提供することを目指しています。