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「お店ラジオ」は、店舗経営にまつわるトークラジオ番組です。小売店や飲食店など各業界で活躍するゲストをお招きし、インタビュー形式でお届けしています。この記事は、InterFMで毎週日曜日にお送りしている「お店ラジオ」で放送された内容を未公開放送分も含めて再編集したものです。
今回のゲストは、鶴巻温泉 株式会社陣屋 代表取締役女将の宮﨑さんです。「鶴巻温泉 元湯陣屋」を立て直した、“老舗旅館のDX戦略”についてお送りします。
第1回は、鶴巻温泉元湯陣屋をDXで立て直す初期的部分までをお聞きしました。
第2回は、どのようにDXを進めていったのか、具体的なお話をお聞きします。
この記事の目次
クオリティとサービスの向上で客単価アップに成功!
料理の見直しでは、料理長と一緒に新しいメニューの開発や料理の内容変更をしました。また、お食事を松竹梅のように3種類から選べる形式で提供するよう、販売方法も変更しました。
当時、懐石料理の6,800円のコースがありましたので、その価格は維持しつつ8,000円と1万円のコースを追加しました。日本人のお客様は真ん中の価格帯を好むため、8,000円コースが人気になり、平均単価が1,200円上昇したのです。
その後、価格設定を順次調整し、6,800円のコースを無くして、8,000円、1万円、1万2,000円のコースに変更しました。1万円コースが主力になってくると、さらに8,000円のコースも取りやめ、最終的には1万6,000円と2万2,000円のコースを残しています。
このように、10数年間少しずつ前進しながら、徐々にではありますが、客単価を上げていくことができました。
現在はお食事だけで3万8,000円のコースが用意されていますが、当然、その価格に見合うクオリティが求められます。そのため、調理部では毎月の試食会を繰り返し行い、新しい料理の開発に努めています。また、同時に私たちも高い価格に見合ったサービスを提供するために、従業員の研修会を毎週開催し、外部の講師を招くなどしてトレーニングを行っています。
このような取り組みにより、値段設定や料理の内容が変化していきました。それに伴い、お客様の層もしだいに変化していったのです。
データ管理が同じ料理を2回出さない仕組みを可能にする
お客様がいらっしゃるスパンが短期間になったり、同じ施設を複数回利用される場合であっても、メニューが重複しない工夫をしています。重複しそうな場合には、お客様ごとに異なる献立を提供することにしており、そのためには、顧客情報と献立を結びつける必要がありますので、顧客管理にITを活用しました。
お客様が以前に召し上がった料理のデータを保存しておき、再訪時には異なるメニューを提供できるようにしています。これまでに召し上がった料理の記録はデータとして保存していますので、常に新鮮な食体験を提供できるようになっています。こうした取り組みの結果、今では都内の富裕層の方々に訪れていただける旅館になることができました。
鶴巻温泉は、ほかの観光地と直接繋がることができないため、当施設を旅行の目的地にしていただくことが当初からの目標であり、原動力でした。今ではお客様はわざわざ当施設を目的地に選び、美味しいご飯を楽しむために立ち寄ってくださっていますので、今後も私たちが旅の目的地であり続けるためには、今以上に魅力を高めていくことが必要だと考えています。
新たなサービスのためにマルチタスク人材の育成
そして、徐々にではありますが、お料理の改善だけでなく、ハードウェアへの投資も行いました。一度にすべてを変えることはできないため、区画ごとに分けて10年間かけてリニューアルを続けました。
陣屋には、囲碁や将棋のタイトル戦が行われていたお部屋があります。そこは以前から大切に使われていて、宿泊には使われていないお部屋でした。特別な対局の時だけ使われるようなお部屋でしたが、主人の「お店が潰れたら元も子もないから、使わなければ意味がない」という考えで、宿泊にも使うことにしたのです。
最初は1部屋から始めるということで従業員を説得し、なけなしの資金で部屋を改修し「貴賓室」としました。貴賓室に宿泊されるお客様のニーズが今までと異なることを考慮し、真摯に対応できるよう努力しました。そして、従業員の中から数名を「貴賓室係」としてお客様のニーズに対応できるようトレーニングを行い、サービス向上に努めていくことにしたのです。
以前は従業員が約120人もいて、その理由は一人ひとりがシングルタスクに専念していたからでした。専属の担当者が多くいることで、お客様への訴求力を高めようというサービスが次々と生まれ、何十年も続けられるうちに従業員数が増えていました。
しかし、貴賓室係の従業員にはマルチタスクで働いてもらいたいと考え、何でもできる人材を育成することにしました。それまでは、お客様をお迎えする人、部屋に案内する人、夕食を出す人、布団を敷く人、朝食を出す人、会計する人、お見送りする人という7つのタスクを7人でこなしていましたが、貴賓室係はこれらのタスクを1人でこなせるようにトレーニングし、効率的で心のこもったサービス提供を目指しました。
最初はお客様からお叱りを受けることもありましたが、改善を繰り返すことで、サービスの基盤が向上すると考えてきました。
勤務体系についても「夕食を出して片付けをして、翌朝の朝食の準備をするのは時間的に厳しい。23時過ぎに帰り、翌朝6時前の出勤になるので、できない」と従業員からは言われました。しかし、ノンストップでやらなければならないため、公休とは別にお客様をお見送りして簡単な片付けを済ませたら、出勤したことにしておきながら、午前中で一時的に帰ってもらうことにしました。貴賓室係のスタッフには、そのような形のシフトを組む必要性があることを説明し、承諾をしてもらいました。
十数年前のことでしたが、当時はかなりの大改革であったと思います。
DX化によるEBITDA(償却前営業利益)の改善計画とは
旅館を引き継いだ当初は、リーマンショックの直後で客単価は9,800円まで落ちていました。稼働率を維持したいという気持ちから、割引などを使って単価を下げてしまっていたのです。そのため、1泊2食付で忙しい状況であるのに全く儲からないというスパイラルに陥っていました。
しかし、そもそも大切なのは稼働率なのかという問題があります。シンプルに考えると、キャッシュさえあればお店を存続させることができます。つまり、手元に残るお金が利益になるわけです。そこで、手元に残る方法を突き詰めて考えました。
当時、東京オリンピックに向けて外資系ホテルが参入し始めた頃で、海外のホテルがEBITDAを重視していることを知りました。通常は10%程度だろうと思いますが、陣屋はEBITDAを、30%維持を目標にして改善策を考えました。
EBITDAを30%維持するためには、まず、手残りがいくらかを把握する必要があります。単価に人数を掛け、コストを引いた全体を考慮し、トータルバランスを考える必要があります。
旅館には設備投資が必要で償却費が高いため、これからも投資が必要です。そのためには、9,800円を3倍にする必要があると考えました。しかし、一気に5万円台の高級旅館を目指すことは無理なので、まずは1万円台もしくは2万円台からになるのですが、2万円台には競合が多く、レッドオーシャン状態でした。
激戦区ですから、そこから頭ひとつ抜け出すためには、飛び出すだけのサービス力が必要になります。そこで、サービス力を向上させ、あわせて業務の効率化とコスト削減を行うことにしました。それには、業務のデジタル化は不可欠であり、デジタル化を進めることで効率的な運営が可能になると考えました。
私たちは、客単価の目標を3万円に設定し、5年計画で取り組むことにしました。
第2回は、どのようにDXを進めていったのか、具体的なお話をお聞きしました。
次回は、DXシステムの展開や、働き方改革についてお聞きします。